ドクダミ系つぶやき日記

くすぶりながら転がりながら日々の思う事を。

introvert

私はもともとは内向的な性格で人と密に付き合うことが億劫なタイプだ。

一人でいることの方が気楽だし、誰とも話さなくても食事を一人でしても

さみしいとは思わない。朝から晩までだれかといるくらいなら、一人の方に

してくれる方がいい。

雨の日は出かけなくては、というプレッシャーから逃れられるから好きだ。

日曜日の朝から雨が降って読みたい本があったら何より安らぐ。そう思っている人と

友達でいたい。

 

とはいえ、社会にでるとそんなに自分勝手に一人になれるわけではないし、仕事で

人にあったり、子供がらみの地域のイベントに参加したりして、薄いつながりとコミュニケーションをとらないといけない場面はしょっちゅうだ。

社交という鎧を身に着けて、スモールトークという武器を背中にしょって、自分の居心地が悪くない人間関係を構築しておかないといけない。お金のため、子供のため、自分のため。

この人間関係もそんなに馬鹿にしたものでもなく、時には楽しい瞬間なんかもあるから

全く価値がないこともない。好きか嫌いかでいえば嫌いだと思うけど、気分が変わったり、思いがけなく影響受けたり、新しい見え方を発見したりするので、必要ではあるんだなあ、と解釈している。エネルギーをかなり消耗するのがつらいが、性質だから仕方ない。付き合いの浅い人には私は社交的に映っているらしいから、びっくりする。何をもって社交的なんだ一体。

誤解だけど、それは誤解でいいのだな。恐らく。いちいち本来の自分をさらす気もない。

 

そうやってなんだかんだ毎日転がりながら過ごしてきたけれど、ここダイエット始めて走るようになってから、自分の内面に(今更)目が向くようになった。走っている間は手足を動かすという作業に集中して、無駄な思考が抜けるせいか、考えすぎないようになった気がする。疲れて考えられないっていうのもいいな。

 

シンプルになった感。

コミュニケーションは相手の事を考え、楽しくあるように、と気を張っていた部分あった。苦手な分野で無理をしていた。後で「ああいえばよかった」とかグダグダしてばかりだった。

そういう事が遠く感じた。もっと自分がどう思ったかを単にフォーカスしてもいいと思った。内向的な部分に罪悪感をもたなくていいんだな、と。

まだ11月だけど、今年の収穫だと思った。こうやってもっともっと無駄な思考がなくなればいい。

 

気持悪いと思う事

セクハラ糾弾が日本でも世界でも。

 

私自身は職場の男性からそういった事に遭ったことはないけれども、痴漢に遭う事は

何度もあった。世の中の女性のほとんどはあるのかもしれない。

被害に遭う女性がどれだけ不快か想像がつくか。加害する側にもなんらかのストレスは

あるとは思うけど、そこは同情したくない。

 

特に頻度が高かったのが12歳くらいの頃。

本屋で立ち読みしてたら、後ろから足を撫で続けられるとかこれを買ってあげるから

どこかへ行こう、とか、通学路ランドセルしょっている後ろからお尻をつかまれたりして男性というものが恐かった。モテ自慢ではない。他校の男子から妙な手紙をもらったり写真を撮りたいと追いかけられたり。自分が好きでもないのになんでこんな目に・・・と思った。発情している男性性が心底気持ち悪かった。私に男兄弟がなく、父親は単身赴任で生活に男性がいなかったせいもあるのかもしれない。

中学に入る頃には男性と話すことをシャットアウトしていたと思う。年齢が上がるにつれて頑なさも緩和したのだけど、飲んだ帰り道に妙な男性につきまとわれて首をつかまれ痴漢される、という暴行まがいの事をされた時、エゴをむき出しにしてくる男性が本当に嫌になった。なぜ、私がお前の欲情の捌け口にならないといけないんだ?

 

年齢が低ければ低いほど、性的にダメージを受けることは、のちの男性観に深く影響すると思う。今でもいかにも、「雄!!!!」って感じの男性が苦手なのはそういう体験からなのかもしれないと思っているくらいだ。

そういう男性に触られて「やだあ~」と身体をくねらせている女性は、嫌なら向き合いをもっと考えないといけない。そういう態度も助長しているんだし、いいようにしか解釈されないのだから。

 

エゴと愛情を勘違いしている人、(女性も多いか)気持ち悪くて耐えられない。

何をそんなに支配したいんだ。自分の欲求を他人に解消してもらおうと思わないで。

NetflixでLove

NetflixでLOVEというドラマを観ている。監督がジャド・アパトー。彼の作品のファンなので、どんな内容なのか期待していた。

(一番好きなのはSUPER BADだけど、私の周りには不評。なぜだ)

 

依存症気味のエマ・ストーン似のミッキーと、無難な感じのヤサ男ガス。ミッキーはわかるけど、ガスはアイキャッチ―な要素が皆無。ウディ・アレンに似ているし、一見オタクだ。

でも、ジャト・アパトーの映画の役者はイケメンじゃない方がいい。

けど、ドラマでしかもこの地味さで引っ張れるのか?と正直思った。ミッキーのルームメイトもなんか地味。だからこそのリアリティでストーリーがイケメン俳優についてくる、みたいなノリにならなくていいのか・・・

 

中盤まで見て、だるくなった。

アラサー男女のSNS事情と恋愛と。でもこのゆるさがいいのかもしれない。

どこかにいそうだな、と思わせてくれるそのリアリティ。携帯とSNSにやきもきする恋愛。これを送信してしまったら終わっちゃうのかな、とか相手のインスタをストーキングするとか、恋愛うまくいかない時にあるある行動。不安なときほどSNSに依存してしまうあるある、が切ない感じ。

ガスが浮気をしているのに感づいて、いきなり職場に現れたりテキストを連投してしまったり・・・不安定ささらしまくりのミッキ―。いやな女全開なんだけど、憎めないのはこの女優さんがかわいいし、上手いからだと思う。ガスのなんか偽善者ぽいけど

なんだかんだ優しくて人間味ある感じもいい。

 

後半に期待。もうちょっと観る。

どこかフレンズに似た安心感のあるドラマかもしれない。

 

ダイエット終了

ダイエット、5キロ減したのでひとまず終了。中年だからこれ以上やるとシワが増える気がする。久しぶりに20代のころの体重になった。

(すぐ戻るのかしら)

毎日3キロ~4キロ走るのはつらいなあ、と思う日もあったけど、週末には5キロ以上走れるくらいには体力がついて、自分でも驚いた。筋肉、増えたのだな?と思う。

プロテインを飲む、という人生初の行為も日課になって、肌の調子がよくなった。

 

無駄な思考はすこーし残っている気がする。

手放せない執着心はまだある。

しつこいとは思うけど、時々ぶりかえしてきて、私は一体どうしたいんだっけ?とまた堂々巡りになるんだけど、走った後は疲れて寝れる。くだらなく考えすぎなくて済むようになったのは前進なのかもしれない。

 

何かが劇的に変わったわけじゃないけど、生活習慣を破る、というのは思考を変える近道なのかもしれない。考えても答えの出ない事が多いし、答えがないなら、いっそ考えてもあまり意味はないんだと思うし。

 

ちょっとは変われたのかな。

髪でも切って、ごほうびに焼き立てのスコーン食べよう!うふ。

 

忘れていたダイエット

ダイエットを始めたのは人生初だと思い込んでいたのだけど、いろいろ整理したくなって昔のブログを消そうと読み返したり、なんやかやしてたら。

5年前にダイエットらしきものをしていた記事をUPしていた。根性のない私は2キロ程度減量して満足したのか、その後の話に触れていない。ひやかし程度のダイエットですむ体重だったのだなあ・・・。

 

今やっているダイエットはそのころのものに比べると全く内容が違う。というか、

デブさが深刻。このまま中年太りで、残りの人生ずっとデブ、と後ろ指さされるのは悲しい。

金曜、しこたま飲んで、次の日二日酔いで動けずにだらだら過ごすのも無為だし。

怠けた精神と身体を断捨離したいのだ。変わりたいと思って何もしないでいる人には

なりたくない。どうやったら痩せるの?って毎回聞いてくるあの人みたいにはなりたくない、というゲスな動機で意地で頑張っている。

飲む事だけが趣味、とかいやだよん。

 

毎日2~3キロ走って、筋トレして、食事制限して(1日1000カロリー)、プロテイン飲んで。(これで結果がでなかったら泣きたい)

デブじゃなかったら、痩せたらうれしいのか、っていったらうれしいけど、こう自分を

コントロールできるんだっていう自信と爽快感っていいな、って思う。

まだまだ、もうちょっと頑張らねば。

 

時間が解決するものは

彼女とは長い付き合いで、元々私の学生の時の友人の知り合いでもあり、一緒にいろいろ乗り越えてきた人。

頭もスタイルもよくて、繊細で、本が好きでおしゃべりで、酒飲みで、よく

気の付く、魅力的な人だった。本当にいろんな話をしたし、お互いに大変な時期は

励ましあったいい友達だった。みんな彼女と話をしたいと思っていたし、私も彼女がとても好きだった。

 

20代後半から仕事が多忙になり、人間関係も複雑になり、友達だと思っていた人が彼氏と結婚してしまったり、(略奪、てやつかしら)彼女にはつらい時期が重なった。

いつのころからか、メールが長くなり、まとまりがなくなり、スクロールしきれないくらいのメッセージを何度も送ってくるようになった。朝から晩まで。

男性関係も脈絡なくなって依存気味になっていたし、記憶がなくなるまで毎回飲むし、

警察沙汰にもなってしまっていたし、何が彼女に起こっているのかわからなかったけど、以前とはなにかあきらかに違う、と私も周りの人も感じていた。

 

危なっかしい。死んじゃうんじゃないか。

変調はいよいよ加速しはじめて、ある日のメールには

「私、盗聴されているから、電話局に調べてほしい」

と書いてあった。

 

彼女はある病気にかかっていた。

はっきりと何がおかしい、とは私にはわからなかったのだけれども、会話や解釈の仕方が微妙にずれている感覚、被害者意識に囚われすぎていて、一緒にいるのがもはや苦痛に感じた。当時、私にできることはなくて、ただ本人と共通の友人と話をするぐらいしかできなかった。

 

その後、彼女は長い時間をかけて症状を克服した。

その努力はとても大変だったと思うし、家族のバックアップもあったと思う。

完全に以前のようには戻らないのを感じるけど、前にちゃんと進んでいく決意をした

彼女は本当にすごい人だと思った。

 

でも、完全に治るというのは難しい症状のようだ。

先日、ちょっとした見解の違いですれ違ってしまった。注意をしていたつもりだったのに。会話に違和感があったときに引き返せばよかった。もう遅い。

過去の触れてはいけない出来事にピン留めされたように、べったりと執着している。

彼女はそのデティールから離れない。その事象は20年近く前の事なのに、事細かな詳細を並べ立てるその口調はある域の狂気だと思った。今を生きてないと思った。

あげくには私にはその気持ちはわからない、と。

 

わかるはずはない。

私たちは別人だし、それぞれの人生を自分の選択の上に生きている。同じように理解できるなどあり得ない。誰の人生が一番つらいか、ベストな生き方とか一体だれが決められるんだろう。

もう、以前みたいに他愛無い会話すらできなくなってしまうんじゃないかと思う。

私らの友情って一体何だろう、こんな風にお互いにわかるわけない!と違う方を向いてしまうなんて。

 

彼女には連絡することすら、今は怖い。

時間、て。それ解決する?

 

 

体重と共に②

人生初のダイエットを始めてそろそろ一か月くらい経つだろうか。

二度見してしまうほど増えていた体重に驚いて、慌てて始めたダイエット。

最初の2週間は焦ったり、伸びきった胃が発信する食欲に振り回されて悩ましい事然りだったけれども、ある程度は、慣れてきたような気がする。

 

仕事と家事を終えてから毎日2キロ走る。週末は気持ち長く走る。つらい時もあるけど、季節が穏やかな今、楽しみでさえあるから不思議なものだ。疲れてよく寝れる。

(とはいえ、すぐに体重が落ちるわけでもないのが残念・・・)

 

プロテイン飲んだり、酵素を飲んだり、なんか今までにない自分感覚が面白い。

もともとストイックになりきれない、一極集中できない私だけれども、いくつかの事を

平行させて継続させるのは好きなので、食事制限の内容を考えたり、ジョギングとテニスのバランス、筋トレを日常にちりばめながら、メニュー考えてボツボツやっていくのはなかなか楽しい作業だ。

一人でできる作業だし、誰かの都合にあわせなくてもいい。いずれは結果のでる事だというのもいい。

 

なんて無駄に間食してたんだろう、と思う。砂糖中毒だった脳内も少しは引き締まっただろうか。

モノを捨てるだけが断捨離でもないんだな。思考や食事ももっとシンプルにできるのだろう。

 

いつまでできるかわからないけど、今のワクワク感がもう少し続きますように。